2011年10月15日

オリコンの父が作った物、そして失った物。-小池聰行氏生誕に思う-

今日、15日はオリコンランキングの父
そしてヒットチャートの指針と為った
オリコングループ創業者の小池聰行氏の
ご生誕の日で有ります。

**************************************

株式会社オリコンの創業者、小池聰行。
日本で初めて音楽ランキングを導入した人物である。
自らテレビにも出演し、
日本初の「歩く広告塔の社長」とも呼ばれている。

1932年、北海道三石町で生まれた聰行。
同志社大学在学中に、人気のメカニズムに興味を持つ。
それが後に、オリジナルコンフィデンス社を
立ち上げるきっかけとなる。

会社を設立した後、聰行は自分の足を使って、
しらみつぶしに調査を行う。
そうした努力の甲斐もあり、
レコード店の協力などを得て、
聰行のランキングは徐々に浸透していく。
ランキングは、日本テレビ「紅白歌のベストテン」など、
テレビ番組でも採用された。

聰行はテレビ番組にも自ら出演。
「銀座NOW!」「夕やけニャンニャン」などで、
瞬く間にお茶の間の人気者に。

そして2001年、
聰行は脳出血のため68歳でこの世を去った。

いまや音楽だけでなく、あらゆる場面で
日々目にする人気ランキング。
それは信念を曲げず、「本当の人気」を
追求した男の、汗と涙の結晶である。

(2010/10/15放送、
日本テレビ系 DON!今日は何の日より)


**************************************

まぁ良しに付け悪きに付けw
音楽ヒットチャートの歴史を語る上で
避けて通れない存在がオリコンと
一から築き上げた創業者の小池聰行氏の存在は
それを語る上で欠かす事が出来ません。
Wikipediaの文献を元に足跡を振り返ってみました。

**************************************

小池 聰行(こいけ そうこう)
(1932/10/15-2001/1/20)

北海道三石郡三石町(現・日高郡新ひだか町)出身。

同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒業。

雪印乳業宣伝部勤務、会社経営を経て、
1964年頃に映画と音楽社に入社
音楽雑誌「TEEN BEAT」編集長を経験
(1965/9-1968/2) 後に独立。

1967年に株式会社オリジナルコンフィデンス
(現オリコン・エンタテインメント)を創業。
業界・一般向け音楽エンタテインメント情報提供の
草分けとして尽力。

レコード売り上げの公査部数を発表する機関として
日本ABC協会、株式会社ビデオリサーチと並ぶ
公査機関的企業としてオリコンチャートを育てた
名実共に日本の音楽ヒットチャートの父で在り
魁を確立した先駆者でも在る。

数々のメディアに自ら出演する機会も多く、
業界内外の多方面から慕われる存在であった。
と、同時にオリコンチャートの普及と宣伝
知名度の向上に貢献する事で
オリコンチャートを日本を代表する
音楽ヒットチャートの権威に成長させた。


温厚な性格の彼は無類のおもちゃ好きで、
オリコン社内に「童心ランド」と
称するおもちゃ部屋をつくった。

(現在、存続しているかどうかは不明
一部情報筋では早急に撤去されたとの噂も)


一方でこうした事業がCDや映像ソフト、
写真集等において所謂「自社買い」や
「握手会商法」等と揶揄される組織票の横行を招き
音楽文化を蔑ろにし利益重視の風潮を生み出し
国民的歌謡文化はおろか伝統的音楽文化が
生まれる土壌が消えたという
一部からの厳しい批判もある。

1980年代半ば、アイドル歌手などに対し
「アーティスト」という呼称を用いて、
一部に違和感を生じさせた。
それまでアーティストという呼称は、
シンガーソングライターであり
レコード(CD)をトータルでプロデュースするような
ミュージシャンに限定して使用されていたものだったが、
小池氏がアイドル歌手などに対して使用して以来、
レコード(CD)歌手=アーティストという概念が
定着してしまう結果となった。
この呼称は、従来歌だけを歌っていれば
許された若手女性歌手などに対し、
作詞が出来なければ一人前ではないという
風潮を生んでしまった。そのため、
元々楽曲にも精通しておらず、
教養も人生経験も決して豊富であるとはいえない
彼女等は既存の曲や詩などから
歌詞を盗用せざるを得なくなり、
このアーティストという呼称が
定着することによって
多くのパクリ騒動疑惑や
悪しき偏見等を産んだと言う側面もある。

晩年は1999年10月から亡くなる直前の
2001年1月下旬まで文化放送にて
ラジオ番組「小池聰行のオリコン童心ランド」の
メインパーソナリティとして音楽の話題や情報を
リスナーに向けて提供し続けた。


2001年1月20日に急性脳出血で急逝、享年70

彼の没後、後継者を巡る左右曲折を経て
長男の小池恒が跡を継ぎ、株式会社オリコン(現在)の
代表取締役社長(後に会長)に就任した。

*参考文献
Wikipedia(ウィキペディア)より
一部、文書を引用の上構成。


**************************************

現在の代表が果たした役割に付いては
貢献どころか一部で不満や悪評が囁かれ
現在の音楽、エンタメ業界での
揺るがない地位を築くと同時に
権威や信用を揺るがしかねない問題や
モラル低下等の悪しき風潮や歪みを生じる
指摘も一部で囁かれています。

その代表例が2006年12月に起きた
「オリコンvs烏賀陽裁判」の一連の顛末と
音楽ジャーナリズムの根幹を揺るがしかねない
企業利益優先の不当判決を言い渡した出来事。
そして軍国主義的検閲を正当化すると言う
裁判所の判決の誤りに国内はおろか海外からも
厳しい批判の声が上がりました。

結局、2009年8月オリコン側の主張が
多くの矛盾とでっち上げ同然の状況証拠
そして、良心的音楽を愛する人達を
不当な理由で弾圧しかねない悪意としか
受け止めかねない根拠の悪意的主張が
破錠と自滅を招き結果的に
請求放棄=敗訴の恥とも言える結果を
自ら認めてしまったのです。

これは紛れも無く経営者失格と
見られても言い逃れ出来ません。

さらにBLOGサービスのスタ☆ブロ
管理運営の不手際と欠陥から生じる
不法ステルスマーケティングスパムや
ワンクリック詐欺系犯罪の横行を見逃し
それに関連したオリコンMyプロフィール
頻発するスパムプロフの横行を招き
しっかりした管理をすれば防げた筈の
治安管理が皆無同然の無法地帯化する
現状を生み出す根元を黙殺同然で放置する
サービスの根幹を否定する姿勢も
一部から疑惑視されています。

この現状を"もし"小池聰行氏が
ご健在で居たとしたら・・・・・

どんな決断を下すのでしょうか?
どんな対策を実行するのでしょうか?

そして・・・・"もし"小池聰行氏が

この利益利害と文化育成の間で
苦悩する音楽と芸能文化の
厳しい現状と現実を知っていたら

彼は何を思い、どんな発言を言うのか?

一度、私は意見を聞きたいと思うのだが・・・。



heavenlyhawk55をフォローしましょう




blogram投票ボタン


WebMoney ぷちカンパ


posted by ヘゥンのタカ at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 論説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。